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家から出て握手したら負けだと思ってる

完全在宅アイドルファンによるブログです

「サヨナラの意味」のMVは、乃木坂46のPVとしては0点で映像作品としては100点

乃木坂46

乃木坂46の16枚目のシングル「サヨナラの意味」のMVを見ました。

橋本奈々未の最初で最後のセンター曲は、文字通り"別れ"をテーマにした歌詞と乃木坂らしいピアノの旋律が印象的なミディアム・バラード。そのMVは、これも乃木坂お得意のストーリー仕立ての作品となっている。

物語の舞台は、棘人という体に棘を生やした人と人間が暮らす世界。棘人の奈々未と人間の西野は、村の伝統行事「棘刀式」を成功させるために稽古を重ねるが……といったストーリーです。

乃木坂お得意のといったそばからあれだが、これまでのMVは学園ものや青春ものがほとんどで、こうしたSF的要素の強いものは珍しい気がする。さらにいえば、ここまでセットや小道具に凝ったものも思いつかない。

たとえば、この襖に描かれた絵。

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ちょっと見ただけだとわかりづらいが、目を凝らすと右に描かれているのが刀を持った人間で、左に描かれているのは棘人であることがわかる。この襖絵によって、棘刀式は奈々未の父がいうような「棘人と人がともに生きていくことを誓ったその契りを忘れぬための儀式」などではなく、人間が棘人を征伐したことを明らかにする儀式なのだということが(説明台詞ではなく)視覚的に理解できるようになっている。*1

襖の例からわかるように、このMVは見た目に手を抜いていない。というか、ほとんど映画並に気合いが入っている。なんせ、冒頭25秒でこんなシーンがあるくらいだ。

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雨に濡れながら一心に何かを見つめる西野七瀬のクロースアップがたっぷり6秒ほどある。その視線の先には――

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曇り空、濁った河、その中州に立つ赤い服を着た橋本奈々未が先ほどとは正反対の、とんでもないロングショットでとらえられている。クロースアップから極端なロングショット。これは、スマートフォンの小さな画面でなく映画館のスクリーンで見てこそ価値のあるものだ。もちろん、最初のクロースアップが成立するのは、被写体が西野七瀬という存在するだけで絵になるアイドルだからであることはいうまでもない。

あえて欠点を挙げるとすれば、このMVは映像作品としてのすばらしさに比べて、乃木坂46のプロモーションビデオとしての魅力に乏しい。前作の「裸足でSummer」はストーリー性が弱かったかわりに、夏を満喫するメンバーの楽しそうな様子がいっぱいに収められていた。見てるだけで幸せだった。

一方で、今作は物語性が強まったせいか、ほぼ全編シリアスな表情で埋め尽くされ、おまけに西野七瀬や橋本奈々未以外をはじめとする主要メンバー以外はほぼまったくといっていいほど出番がない。新内眞衣のような後方メンバーは、一時停止しないとまともに顔が映らないくらい。ほとんどエキストラと同じ扱いだった。

同じく卒業ソングの「ハルジオンが咲く頃」と比べても、後列メンバーの扱いは話にならないほど差がある。はっきりいって、この楽曲に参加しているメンバーは誰なのか、ファン以外はさっぱりわからない。新内とか北野日奈子のファンは、ちょっと怒ってもいいと思う。

おまけに、よくよく曲を聴いてみると、MVのストーリーと歌詞には直接的なつながりがない。高架線という言葉が出てくるように、歌詞を読んでイメージする世界はどう考えても現実の現代日本がなのに、MVの世界観は架空の日本の村が舞台なので、歌詞と照らし合わせてMVを見ていると微妙にズレを感じてしまう。

ただし、こうした欠点は本当に些細なものだ。MVが音楽に奉仕するものだとすれば、「サヨナラの意味」のMVは特定のメンバーしか映さず歌詞と関係のない話を8分間も垂れ流す失敗作になる。しかし、それ以上に、これは映像作品として魅力的だ。歌詞の世界観とストーリーにつながりはなくても、イントロや歌い出しのタイミングは最高に気持ちいいし、ロマンティックでリリカルな詞と映像は抜群にかみ合っている。

特にこのシーン。

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西野が橋本の仮面を取り紙飛行機にして夜空に飛ばすシーンでは、物語的なクライマックスと大サビ前の音楽の盛り上がりと「見つめ合った瞳が星空になる」という超絶的にロマンティックな歌詞が重なり合って、何度見ても涙ぐんじゃう。もはやパブロフの犬だ。

本音をいえば、乃木坂みたいなかわいい娘ちゃん軍団なら単純に歌って踊るだけで十分だと思うし、メンバー全員の顔をもっと映してほしい。でも、このMVは乃木坂46というグループのアイデンティティを世に訴えるすばらしい機会になっている。なによりも、こんなに素敵なシーンがあってそれで泣いちゃったら、もう文句はいえないです。

*1:ちなみに、この襖絵が映るのはおよそ3秒ほど。物語に奥行を与えるためとはいえ、たった3秒のためにいかにも地方の古民家にありそうなこのセットを作ったのだとしたら、とても贅沢だ。